1. 現役北海道民がお送りする 北海道穴場観光&ドライブ

2013年10月30日

碧血碑/旧幕府軍の墓 - 函館市谷地頭町 -

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とりあえずの目的地 立待岬 へ到着。 しかし時間はまだ朝の8時位。 しかも天気も超曇り。
まばらに人はいるけれど、風が強くて寒いわ売店はやってないわ、岩肌以外に見るものは無し。
う〜ん仕方がない、こりゃ今度函館に来た際にもう一度だな。 そそくさとその場を離れてしまったのでした。
 
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その帰り道に見つけたのがこれ。 「 碧血碑(へっけつひ) / 旧幕府軍の墓 」 への入口。
ほー、こんなものが。 とりあえず行ってみるか! 車を入口前に停め、早速スタート準備!

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まずは看板チェック!どうやら新選組の土方歳三ら旧幕府軍の戦死者約800人の霊が祀られているとの事。
あと、ここからの距離は約230mとの事。 うん、これくらいなら許容範囲。 さていくか!

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230m位であれば、そんなたいした距離ではない。 若干小雨が降っていて、それだけは憂鬱な気分。
そのせいか、所々足元がぬかるんでいました。 でも比較的歩きやすい道。

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階段を上った先に見えてきたのが 碧血碑。 旧幕府軍の墓。手前の看板にも説明書き。

「箱館戦争で戦死した土方歳三や中島三郎助父子をはじめ、北関東から東北各地での旧幕府脱走軍戦死者の霊を弔っているのが、この碧血碑である。碑石は7回忌にあたる明治8(1875)年、大鳥圭介や榎本武陽らの協賛を得て、東京から船で運ばれたもので、碑の題字は、戦争当時陸軍奉行であった、大鳥圭介の書といわれている。碑の台座裏に、碑建立の由来を示す16文字の漢字が刻まれているが、その表現からは、旧幕府脱走軍の霊を公然と弔うには支障があったことが推測される。なお、碧血とは「義に殉じて流した武人の血は3年たつと碧色になる」という、中国の故事によるものである。」

碧血碑の裏側の文字は 「 明治辰巳実有此事 立石山上叺表歔志 」 。
これは、「 明治辰巳、実に此事有り、石を山上に立てて以て厥の志を表す 」 と読むとの事。
「 明治2年、此の事は実際にありました。山上に石を建てて悲しみの気持ちを表します 」 という意味である。
建立当時でも戊辰戦争の内容に触れることがはばかられていたことが推測される表現となっている。
  (ウィキペディアより)

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賊軍の遺体を弔ってはいけないとの新政府軍の御触れに逆らった侠客・柳川熊吉。
「義に殉じたものたちの屍を野ざらしにしておくわけにはいかない」と函館山の麓に土地を買い埋葬したのが始まり。

訪れたこの日。 碑石の前には花が添えてありました。



【 碧血碑 / 旧幕府軍の墓 】
住所 : 函館市谷地頭町

posted by tomo. at 22:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道の石碑・彫刻・像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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